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三宅洋平氏の選挙政策と現在流行りのツイッターライブ【参議院選挙候補者に思う】

三宅洋平という名前の人が参議院選挙に出馬している。

個人的に何のうらみもないのだが、このことで日本の若者を憂う機会が増えたことは間違いない。

以下、その理由を挙げていこう。

1.政治はアートではない。

まず、三宅氏の顔を見ると、彼が「政治をアートする」といって参議院選挙に出馬したことが思い出される。この時から、非常に怪しい雰囲気を醸し出していたので、見るにも堪えないほどだった。しかし、彼は当時、落選者の中で最多の17万票という個人票を獲得した。

その時に心から思ったのは、「政治はアートではない。」ということだ。政治にアートを絡めてやると、良くわからない人間を増やすだけである。

たとえば、彼の選挙方法をみてみると、選挙をマツリだと主張し、音楽に合わせて自らの思いのたけを述べ、情熱を込めて選挙への決意を語る。いわばアーティストらしい演説である。しかし、ここにいる人は、彼の主張より、音楽やその雰囲気に酔ってしまって、なんだか彼に任せれば何とかしてくれそうな気がしてしまう。彼の主張の根拠が良くわからないのに、その主張が実現できるかのような錯覚を得てしまうのだ。

そして、ツイッターによる国民の声を聞いて、そのことに関することを選挙のライブで語る。そうすると、あたかも国民の声を聞いて反応しているかのように見えてくる。それを聞いている人は「あぁ、この人は私たちのために働いているんだ。」なんて気持ちになったらもう、彼らの思うツボである。ツイッターライブによる選挙政策は成功だ。

ネットを活用し、音楽もフルに使った選挙政策を行えば、他の候補者よりもよほど目立つし、選挙政策に中身がなくてもノリで応援したくなってしまうのだろう。

実際、自分の考えを持っていない人ほど、こういった方法に引っかかりやすい。簡単に言えば、アートという名の洗脳である。

中には、「彼はアーティストだから」なんていう人もいるかもしれない。しかし、それは明らかに間違っている。彼は今アーティストではなく、政治家を目指しているのだ。政治家の役割は政治をアートすることではない。ましてや、音楽に乗せて演説することでもない。国民のために責任をもって政治することだ。

国会ではもちろん、その時その時の雰囲気で政治をされてしまっては、まともな政治などできるわけがないのである。

政治をアートにしようなんていう勘違いした人を政界に入れれば、国が混乱するだけだ。

2.若者の投票率をフェスで上げても意味がない

三宅氏が出馬して、若者の投票率が上がるかというと、そうでもない。前回の参議院選をみれば分かるだろう。

そもそも、三宅氏のやり方で投票率をあげたとしても、無責任な人間を増やすだけだ。もちろん、投票はするべきである。それが日本に住む人の責任である。しかし、雰囲気に酔って、たいした考えもなく投票するのもまた無責任なのだ。これではあまり意味がない。

本当に彼で良いのか?

主張は大丈夫か?

実現性はあるのか?

信頼に足りる人間か?

他政党の主張はどうか?

何が違ってどこが同じか?

雰囲気に酔っていないか?

もし、そういったことを熟慮しないまま投票し、勢いで国の政治家が決まっていくとすれば、それは危険極まりないことである。

前回は17万票もの個人票が彼に集まったが、どれだけ考えた上での投票だったか疑わしいものだ。

3.政策や考え方が幼い

彼の演説を聞いていると駄々をこねた子供に見えるのは、私だけではないだろう。もちろん、政策主張の中には農業や原発、環境に関することが挙げられてあり、私としては応援したいものばかりだ。

しかし、残念なことに、帽子に短パン、サンダル、髭に長髪で、なんでも自由だと無意識にアピールしながら演説をする姿に、とても応援できないものがある。若者のわがままの象徴である。

「今は長ズボンはいてます。」と言われても、子どもの屁理屈にしか聞こえないのだ。

自由とは秩序があって、はじめて成立する。責任があって、自由がある。無秩序な人間を増やせば、世界から秩序がなくなり、混乱を招く。この当たり前のことが彼の容貌には全く現れていないのだ。

見た目で判断するな!と人は言うだろう。一生懸命な姿をみてほしい!と説得されるかもしれない。

しかし、見た目は人の心の顕れである。彼の心は見た目に十分表現されているのである。一生懸命、がむしゃらにだけでは国際社会は動いてくれない。

そういう点で、三宅氏の考え方は非常に幼いものであり、世界を簡単に考えすぎている。

応援している人々には申し訳ないが、本当にこの人を国会に送り出して後悔しないのだろうか。私には不思議に見えてしょうがない。

三宅氏が国会で暴れている姿をみて「よくやった!」とでも思うのだろうか。正直、そういう人々には寒気がしてしまう。

もし、本気で応援しているとすれば、政治に関するレベルはもちろん、人としての最低限のマナー意識が低いと思うのだが・・・。

まとめ〜マルクス主義は無秩序な人間を生み出す〜

私が支持できない理由の極めつけは、三宅氏がマルクスの主張を支持し、天皇制を否定しているところである。最近の人はマルクスなんて言われても良くわからない人が多いかもしれないが、よくよく知らなければならない。

マルクス・レーニン主義が生んだのが旧ソ連(現ロシア)の社会主義や中国の共産主義であり、自由のない国家である。安保問題を掲げて色々と主張を繰り広げていても、根っこにマルクス・レーニン主義があれば、危険性は最大級だ。共産党や社民党は、基本的に日本国において革命を狙っているのである。そんな思想を支持できるわけがない。

だからといって、今の安倍政権を支持するつもりは全くないし、流れは変えなければいけない。そのための野党共闘なら仕方がない面もあるだろう。しかし、心から共産党や社民党に投票できるかというと、非常に難しい。まず、ない選択である。

三宅氏の考え方やそのバックにいる人たちの思想は、これらの党の考え方とほぼ同様だ。頭の中がマルクス主義の人間を増やしても、世の中は決して良くはならないのである。

極右も極左も偏りがある。安部政権に投票することはできないにしても、こういった偏りのある思想には協力できない。

今回の選挙は非常に判断が難しいのだ。

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