皆さん、おはようございます。

いつもご訪問いただきまして、ありがとうございます。

さて、早速ですが、今日も先日の続きを読んでいきたいと思います。

神の国と神の国の義を求めよ
今まで現象界へ振り向いていた心を神の方へ振り向けることが大切である。「先ず神の国と神の国の義を求めよ。その余のものは汝らに加えられるべし」とイエスは言った。吾々は大抵、神の国を先ず求めないで、其の余のものの方へ心が向き勝ちであったのである。神の国は現象世界が整うて来るための根である。根を求めないで枝葉から先に求めていたから、根のない枝葉は枯れるほかはないので、神の方へ振り向かない働きは、「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりじっと手を見る」式に労して功なしであったのである。

(『新版光明法語 道の巻』P.155より)

現象界というのは、この目に見え、耳に聞こえ、鼻に感じ、口や皮膚で感覚する世界のことをいいます。

五感で感覚される世界は、あるようにあっても本来なきものである。

この考え方は一見、分かりにくいものです。

なぜなら、実際に目にしていること、耳にしていることというのは吾々にありありと「ある」と思わせてくれるからです。

その世界が本来ないなんて言われたら、何のことやらさっぱり分からん。

これが普通の感覚だと思います。

しかし、五感で感覚されるものというのは、常にうつり変わっていくものです。

ずっとあるようにみえても、必ず変化していきます。

有名な表現でいえば、諸行無常です。

諸行無常の世界をいくら追い求めても、そこに本物はない。

ずっとあるものではない。

ずっとあるものでないものを実在だとおもって追いかけるところに、人間の迷いが生じてきます。

吾々が目に見える世界を追い求めてしまう結果、「根のない枝葉は枯れるほかはない」式に枯れていってしまうのです。

人が真っ先に求めるべきもの。

その答えを知る知らないで人生は全く違うものになるでしょう。